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近鉄バス百科 近鉄バスの概要・歴史篇3

近鉄バスの歴史・1960年代


二階建てバス登場

 1960(昭和35)年7月、近鉄は近畿車輛、日野ヂーゼル(現:日野自動車)と共同で、日本初の二階建てバス「ビスタコーチ」を開発、枚岡線にて1台を運行開始します(右写真、観光バスパンフレットより)。これは、前輪と後輪の間をノンステップ化し、その上部に2階客室を設けたもので、前後は普通のバスと同様の構造でした。ちょうど電車のビスタカーの設計方法をバスに取り入れた形となります。車高が当時の法規で3.5mに制限されていたため、通路部分は座席部分とは段差を設けることで通路高さを確保しているのが特徴です。
 翌1961(昭和36)年には、量産型ビスタコーチが8台製造され、梅田に乗り入れを開始した阪奈生駒線にも投入して好評を博しました。
 また、2階部分をなくしたノンステップバスも1963(昭和38)年に登場します。これらは、ワンマンカー化の波に押され短命に終わりますが、近鉄がバスを自社開発していたことは特筆に価するでしょう。
 また、名神高速バス(後述)にも自社開発のバスを導入しています。

国産で路線用、しかも
出入口はノンステップという
日本初の二階建てバス

ワンマンカーの登場

 1961年5月、阪奈生駒線が梅田への乗り入れを開始、1962年には国分〜堺東の堺線が開通、路線網はさらに充実します。また、羽曳野線が羽曳ヶ丘住宅地の開発で乗り入れを始め、ニュータウン輸送にも参入します。
 また、奈良の学園前線では1962年に初めてのワンマンカーを運行開始しています(翌年奈良交通へ譲渡)。これを皮切りに運賃均一制の路線からワンマン化が行われていき、1967(昭和42)年以降は2区間以上の路線もワンマン化されます。ワンマン機器とテープデッキの連動化も行い、この年にクラリオンの開発による同システムを全国初導入しています。
 一方、1961年1月22日に鉄道線の伊勢線(江戸橋〜新松阪)が廃止され、この区間に代替バスが運行されます。これは事情があって、当初近鉄が直営運行としますが、1963年10月15日に三重交通に譲渡しています。

 車両面では、AT車の試験導入、前面視野拡大窓の採用、観光バスの冷房車導入、1969年からは観光バスの塗装の一新を図っています。

茨木・京都への進出

 1964年10月、近鉄は奈良電気鉄道を吸収します。これにより、同社が持っていた路線バス事業は京都近鉄観光バスが引き受け、京都〜橿原神宮や京都府南部にも約170kmの路線を広げ、さらに1967年2月には近鉄が統合します。これにより、京都自動車区・営業所が発足、奈良営業所も移転します。
 さらに、1965年7月、近鉄線からは離れた茨木市を中心に路線を持っていた茨木バスの路線バス事業53.6kmを譲り受け、茨木線を開設します。茨木バスは業績が悪く、他社への譲渡を検討していましたが、地元の阪急バスなどが引受を拒否したこと、千里丘陵で万国博が開催されることが決まり、それの輸送をもくろんで買収へと至ったものです。これにより、営業キロは486.9km、1日の旅客は17万7000人になります。観光バス部門は、暫く独立して大阪近鉄観光バスとして、営業を続けます。1968(昭和43)年には、整備工場を併設した鳥飼営業所を摂津市の新幹線線路沿いに設置、このエリアの拠点とします。
 また、1965年には東野田の車庫を閉鎖して新たに茨田(まった)自動車区・営業所を大阪市鶴見区に設置しています。

名神高速バスの運行開始

 1964(昭和39)年に、日本初の高速自動車道、名神高速道路が開通し、同道路を運行する高速バスも誕生します。
 申請は多数に及び、結局国鉄と名鉄・阪急・京阪が中心になって設立した日本急行バスと、近鉄が半分、残りを阪神と南海で分け合って出資した日本高速自動車の3社に免許が下りました。国鉄と日急バスは同年10月から、日本高速は半年遅れの1965(昭和40)年3月に、名古屋〜京都・新大阪・神戸に路線を開設しました。
 開業後、大阪万博まではそれなりに利用者がありましたが、以後はマイカーや新幹線に押され、結局日急は名鉄の、日本高速も近鉄の単独資本になっています。
 高速バスの登場は、日本のバス技術においても大きな変革を遂げる契機となり、近鉄でも日本高速向けの自社開発の欧州型バスを導入、国鉄もメーカーに開発させた高速用車両を導入、同型車は近鉄にも入っています。

信貴生駒スカイライン全通

 1959年に第一期区間が開通した生駒山ドライブウェイは、1960年に生駒聖天〜聖天口、1964年4月には生駒山上〜高安山〜信貴山門を開通させて総延長20.9kmが全通、名称も信貴生駒スカイラインとなりました。生駒山〜信貴山を結ぶ路線バスも開設されて行楽にも活躍します。

参考資料:近畿日本鉄道80年のあゆみ、バスラマインターナショナル(ぽると出版) 
(最終更新:2003.8.31)

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