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近鉄バス百科 近鉄バスの概要・歴史篇6
近鉄バスの歴史・1990年代、そして・・・
花の万博輸送
1990(平成2)年4月1日から半年、大阪市の鶴見緑地公園にて「国際花と緑の博覧会(花の万博)」が開催されました。近鉄バスでは、協会からの要請で東大阪線荒本とJR茨木の両駅からのシャトルバスを運行、さらに布施駅前からも路線バスを運行しました。
また、この花博に関連して、会場脇にあった茨田営業所が移転を余儀なくされ、1989年4月に東大阪市稲田三島町に稲田営業所を設置して移転しています。 |

花博シャトルバス |
高速バス拡充と関空リムジンバス
高速バスは、その後も拡充し、1992(平成4)年に東北地方2路線目の福島特急線「ギャラクシー」を開設します。しかし、一方で不採算になる路線も出てきました。1993年(平成5)には延岡特急線「ひえつき」が利用者が少ないことから休止、のち廃止されています。
1994(平成6)年9月には、関西国際空港が開港し、近鉄も空港輸送のために設立された関西空港交通とともに、上本町〜関西空港間にリムジンバスを運行開始します。また、1996(平成8)年3月にはなんば西口にOCAT(大阪シティエアターミナル)がオープンし、高速バスの乗り入れが行われるとともにOCAT〜関空リムジンバスも開設されます。
高速バスについては、1995年1月の阪神淡路大震災にともない、新幹線のピンチランナーとして中国地方へ高速バスを運行、同年7月には久々に新路線として、宇都宮特急線「とちのき」を開始しています。1996年4月から北関東・東北方面は京都駅経由となります。
また、1996年10月から宮崎特急線を多客期運行に切り替え、1997(平成9)年6月には大分、埼玉の両特急線を休止しました。宮崎特急線は1999年3月末から完全に休止し、翌年埼玉特急線ともども廃止されています。
1999(平成11)年3月には、すでに中国バスが単独で開設していた福山特急線「びんごライナー」に参入、初めて昼行路線も開設します。
リムジンバスは、1999年2月から茨木〜関空の路線も開始。一方でOCAT線は、利用者が少なく、減便ののち同年3月末で撤退しました。OCAT線廃止後は上本町線の増便も行っています。
路線バスは縮小へ
一般の路線は、利用者の減少が止まらず、1990年以降は各路線において減便を実施、さらに枚岡線や柏原線といった、かつてのドル箱路線が利用者減→減便→利用者減の悪循環に陥り、休廃止へと踏み切らざるを得なくなります。また、1996〜97年にかけてはさらに減便や休廃止が相次ぎ、奈良県への乗り入れを一部を除き取りやめるようになります。1998年には、阪奈生駒線や京都線も奈良への乗り入れを休止し、奈良営業所も同年2月21日に廃止され、奈良県での貸切バス事業も廃止します。
この他、道路渋滞で遅れやすい幹線を中心に運行区間の短縮や細分化を行い、萱島線では全線直通が原則廃止されて2系統に分割されたほか、阪奈生駒線も大阪市内を中心にしたダイヤに改めています。
そんな中、大阪教育大や大阪経法大といった大学輸送には路線新設や増便をおこなっているほか、茨木線に水尾系統を新設するといった新たな動きも出てきました。
また、これより前1993年2月に枚岡自動車区・営業所が廃止、稲田自動車区・営業所の枚岡分室に縮小されています。
車両塗装の一新
1994年から近鉄バスは、路線車の塗装を青と黄色に一新、イメージを大きく変えました。また、観光バスはスーパーハイデッカー車の塗装を前後して変更、後にハイデッカー車にも波及しています。高速バスも各線共通塗装化を進め、1996年に導入された新車からはデザインを変更しています(2000年夏にさらに変更しています)。
技術面では、路線バスにトルクコンバーター式AT車の導入、乗り降りしやすいワンステップ車の導入などが行われており、一方で仕様をメーカーの標準品を多く採用するなど、コスト削減も行っています。
分社化そして21世紀へ
利用者の減少とともに赤字も増大、鉄道部門も利用者の減少が続き、他のグループ企業にも再編の動きが出てきた折、バス部門を現状のまま存続させるのは困難になると判断、また2001年以降実施される需給規制撤廃を目論見、近鉄はバス事業の分社化を行うことにしました。
昨今の事情から路線バス部門と観光バス部門にわけ、前者を近鉄バス株式会社、後者を近鉄観光バス株式会社として、1999年5月6日に設立します。そして、準備期間を経て同年10月1日に近畿日本鉄道自動車局は、新会社にその事業を譲渡して廃止、近鉄バスはあらたな時代に向けて走り出しました。
なお、従業員は一部が希望して新会社に移籍、残りは出向となり、近鉄バス約570人、近鉄観光バス約150人という、10年前の7割の数の従業員数で業務を続けています。また、車両は近鉄バスが約330台、近鉄観光バスは最盛期の109台から大きく減らされて65台で発足しました。
参考資料:近畿日本鉄道80年のあゆみ/最近10年のあゆみ、バスラマインターナショナル(ぽると出版)、鉄道ジャーナルほか
(最終更新:2006.9.2)
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