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近鉄バス百科 近鉄バスの概要・歴史篇7
近鉄バスの歴史・2000年代、そして・・・
21世紀に突入
分社化後は、運営コストの削減を実現するとともに、高速バスでは高山、甲府、水戸の各特急線が開業、また2001年にはユニバーサルスタジオ・ジャパン(USJ)の開業にともない、高速バスや空港バスのUSJ乗り入れなどを開始しています。また、一般路線バスでは一部路線で増便を行ったほか、八尾市などの自治体コミュニティバスの運行も開始しています。
2002年2月、需給規制がなくなったため、これにより参入・撤退がしやすくなりました。地方では撤退も相次いでいますが、近鉄バスでも需要の少ない路線では撤退も進む、一方で進出しやすい都市部では新路線も見込まれる、高速バスはさらに競争激化へと進むといえるでしょう。
高速バスの拡充
上記に述べたとおり、高速バスの新路線も次々と出てきています。規制緩和や需要の拡大を見越して、高速バスは各社とも2000年代に入り、再び新設ラッシュとなっています。
近鉄バスでも、以後軽井沢、宿毛、熊谷、いわきといった今まであまり注目されてこなかった県庁所在地ではない地方都市への夜行路線が開設されていくようになりました。昼行路線は伝統的に多くありませんが、小浜特急線は一挙に6往復でスタートしています。
一方で、東京〜大阪では、旅行会社がツアーの形式によるバスの運行を主催し、観光バスの流用による低価格を売りとして高速バスに対抗するようになりました。JRバスがこれを受けて2001年暮れより昼行高速バスと同じ4列シートで5000円という価格破壊便を開設。近鉄バスも2002年3月に新宿特急線に運賃4800円の「カジュアル・ツィンクル」を開設して競争に参加しています。
しかし、ツアー会社のバスの攻勢はすさまじく、これにより高速バス(ツアー会社も最近は高速バスと銘打って販売を行うようになったが、多少疑問が残る)各社は旅客を奪われるという事態にもなってきており、各路線とも停留所増設などのテコ入れを行うようになりました。
2005年4月には、磐越道で運転士の重過失により仙台特急線のバスが横転し、乗客が多数死傷する大変痛ましい事故が起き、近鉄バスは信頼を失うことにもなりました。他社で多発した飲酒運転も含め、安全に対する取り組みの強化が求められています。
路線バスは苦戦
1970年代から下降線のままの一般路線バスについては、一部積極策に出た路線は好調ですが、総じて利用者の減少に悩まされています。特に、便数が少ない路線はその傾向が著しくなっており、撤退しやすくなった環境もあって、2005〜6年には不採算の路線について、免許維持化(週に1度のみ運行など)するなど消極策も見られるようになりました。これは近鉄バスに限ったことではなく、バスを取り巻く環境は決して良くないままといえそうです。
乗務員の環境にも影響を与えており、新規に採用しても定着しないものも多いということです。
観光バスとの再合同
観光バス部門は分社化時に別会社としましたが、社員の入れ替わりなどでコストが抑えられるようになったことや、基本的に路線部門との関連が深かったこともあり、2006年に近鉄観光バスは近鉄バスへの吸収合併をおこない、事業を統合しました。これにより、高速バスでは繁忙期の続行便応援が従来よりもしやすくなるなどのメリットも持っています。また、一体化することで組織の単純化も図れるといえるでしょう。
近鉄バスは生き残りをかけて、これから数年間が本当の意味での正念場といえるでしょう。
当サイトは、陰ながら近鉄バスの発展の応援をしていきたいと思います。
参考資料:近畿日本鉄道80年のあゆみ/最近10年のあゆみ、バスラマインターナショナル(ぽると出版)、鉄道ジャーナルほか
(最終更新:2006.9.2)
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