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近鉄バス百科 路線篇3(休廃止路線・一般路線バス)

堺線(国分駅前〜堺東駅前、国分西一丁目〜円明住宅・企業団地)


円名循環も堺線の一部

円明住宅への路線も堺線の一部。この路線も消滅した 1990.3.31

●運行系統

番号 運  行  経  路
50 国分駅前−土師ノ里−藤井寺駅−河内松原駅前−布忍=(ノンストップ)=堺東駅前
51 国分駅前−土師ノ里−藤井寺駅−河内松原駅前
52 国分駅前−土師ノ里−藤井寺駅
55 国分西一丁目→国分駅西口→旭ヶ丘二丁目→企業団地→円明寺→国分西一丁目(循環)
56 国分西一丁目←国分駅西口←旭ヶ丘二丁目←企業団地←円明寺←国分西一丁目(循環)
59 国分西一丁目→国分駅西口→円明運動公園→企業団地東→円明住宅→国分西一丁目(循環)

●概要と歴史

 今ではあまり信じられないような話ですが、近鉄バスも以前は堺まで行っていました。堺市の中心、堺東まで国分駅前から藤井寺・松原を経て走っていたのです。
 1962年、近鉄は国分〜堺東に堺線を開設します。近鉄沿線と堺を結ぶ路線として、利用者を集めました。ただ、南海との関係(堺〜松原には現在も南海バスが走る)で、布忍〜堺東はノンストップ運行でした。
 こんなこともあってか、また南海エリアの運賃が高いせいもあってか、利用者は減少、1990年ごろには藤井寺〜国分をのぞいてはあまり利用者のいない状況になっていました。これは近鉄南大阪線と並行していることや、経路の府道堺大和高田線が渋滞しやすいのも原因でした。
 1993年には、国分〜河内松原に短縮され、1995年に運休になりました。免許は現在も残っています。
 一方、円明住宅や企業団地を循環する路線も堺線の一部として営業していました。住宅地や企業団地への通勤輸送なども行っていましたが、1996年末に堅上線王寺駅前方面などとともに廃止されてしまいました。住民にとってかなり不便なことになっているはずですが、廃止しなければならないほどの利用者しかいなかったのでしょうか。現在は柏原市が自家用バスで市役所などを結ぶ福祉バスを運行しています。

●運行ルート

 国分駅前を出ると、府道堺大和高田線に入ります。すぐに近鉄大阪線をくぐり、まもなく石川(大和川の支流)を越えます。まもなく左に近鉄南大阪線が並行するようになります。国道170号旧道と交差するところが土師ノ里。駅は国道の下になります。かつては富田林線との乗り換えもできましたが、同線も1往復だけの運行になったうえ、停留所も廃止されています。
 西へ進み、八尾線と合流すると藤井寺市役所前、そして堺大和高田線から左折して藤井寺駅。北口に入ります。再び堺大和高田線に戻り、高鷲駅筋。駅の北にあるものの、かなり離れています。そして、西川丹比線と合流、松原車庫前を経て河内松原駅前に到着。ここからは南海電鉄バスの布忍線(23系統)に並行します。布忍からは、堺東駅前までノンストップになります。この区間内では南海バスがあるためですが、ここでも近鉄バスが乗り降りできれば・・・と思ったものです。延々6km余りを走り、南海堺東駅前に到着します。反対方向は7番乗り場(現在は使っていない)から発車していました。

 円明住宅循環のバスは、国分西一丁目を始発として、国分駅西口を経由して円明住宅、柏原企業団地を一周していました。経路は循環2ルートがあり、1つは大回りするもので右回りと左回りを設定、もうひとつは円明住宅と国分駅を結ぶ循環でした。末期は国分駅前(東口)からの発車でした(記憶があいまいなので正確な情報をご教示ください)。

●運賃

 南海エリアは対キロと堺市内均一にまたがっており、賃率は南海にあわせていました。このため、距離の割には高かったのを憶えています。1990年当時、堺東からは、布忍・高見の里駅前310円、河内松原駅330円、西川350円、高鷲駅筋370円、藤井寺駅・市役所前410円、沢田430円、梅ヶ園住宅前450円、国分駅前500円で、河内松原〜国分が330円、藤井寺〜国分は260円でした。当時初乗り180円だった近鉄エリア内でも運賃区界が細かく、割高だったように思います。

●ダイヤ 

 1989年当時、国分〜堺東は1時間に1本程度で1日10往復でした。休日は国分〜藤井寺に区間便が増発され、この区間では30分毎でした。
 円明住宅方面は、朝夕は15〜30分ごと、昼間は1時間に0〜2本程度でした。
 運行は、国分〜堺東は八尾と松原の両方で担当していて、八尾運用の1台は朝に堅上線で王寺方面まで運行した後に、堺線の運用に入っていたようです。
 一方、円明住宅方面は八尾が担当していました。

●車両

 中型と大型両方がありました。後年は中型主体になっていたようです。

●考察

 国分〜堺は、特に国分〜藤井寺はそれなりに需要はありました。一方、松原〜堺東は南海との関係で布忍〜堺東がノンストップだったのが痛かったです。まだ阪奈線のほうが、梅田の乗り場が妙なところであってもましだといえます。松原〜堺の南海バスは運賃が恐ろしく高く、堺東まで370円、さらに堺駅前まで乗ると460円も取られるためか、松原駅前に来る南海バスのお客は中型バスであっても少なく、同じ堺東方面から来る河内天美駅前への路線(運賃350円)も小型車が使われる始末で、なんとかならないものかと思います。近鉄の賃率だともっと安くなるはずですが(300円以下に抑えられるはず)・・・復活しません?(^^;;)
 円明住宅方面も小型バスなどで運行を継続できなかったのか、残念に思います。コミュニティバスなどで復活を検討したいものです。

(最終更新:2006.7.2)

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