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近鉄バス百科 路線篇3(廃止路線・一般路線バス)
深夜急行バス(なんば〜富田林)
観光の旧年式車で運行していた深夜バス(らじめにあん氏撮影)
●運行系統(改編後)
| 運 行 経 路 |
| なんば→藤井寺駅前→羽曳山住宅前→羽曳ヶ丘五丁目→梅の里住宅中→さつき野西→藤沢台一丁目→向陽台二丁目→富田林駅前 |
●概要
1990年12月1日に深夜急行バスとして開業しました。羽曳ヶ丘や金剛東団地への路線として運行をしていましたが、利用者が低迷、また途中停留所の追加(藤井寺駅前やさつき野西など)をしたものの、あまり寄与せず、1994年に廃止されています。
東京では好評につき多数運行されていた深夜急行バスですが、大阪での開始までには若干の紆余曲折があったようで、特にタクシー業界からの反対が強かった(お客を取られるため)ため、調整に難航したということです。バブル崩壊で、東京でものちに利用低迷から路線の整理がなされたので、傾向としては同じようなところがありますが、大阪で廃止に至ったのは近鉄バスのこの路線だけです。
同じ時に、南海バスがなんばから光明池方面へ、阪急バスが梅田から池田・清和台方面へ。奈良交通がなんばから生駒・奈良市内への深夜急行バスを開始していますが、これらは今のところ残存しており、規制緩和後は、東京が本拠の国際興業が大阪駅前から茨木・高槻への路線を設置し、阪急も対抗措置をとるなど、路線数の増加も見ています。
担当は、八尾営業所でした。
●運行ルート
なんばは、高島屋前の市バス6番乗り場から。ここから阪神高速道路、西名阪道を経由して藤井寺ICで出て、藤井寺駅前(当初は経由せず)、羽曳ヶ丘を回り、梅の里住宅、さつき野、金剛東団地の藤沢台一丁目を経て富田林駅前まで運行しました。
当初は、羽曳ヶ丘と富田林、金剛東団地のみの経由で、藤沢台一丁目を終点としていました。92年に停留所の追加が行われたようです。
●運賃
なんばから羽曳ヶ丘まで2000円、富田林市内へは2500円でした。タクシーに比べればかなり割安だったと言えるでしょう。
●車両
観光バス転用の車両(60人乗り)にワンマン機器を取り付けて運行していました。当初は旧型の日野RV、後にスケルトンの車両(上写真)に変わりました。
●ダイヤ
なんばを深夜1:00に発車する1便を設定、のちに停留所の追加により、出発を30分早めて0:30発に。所要時間は停留所により40〜70分程度でした。
●考察
深夜急行バスがなじまなかったのは、一つは停留所数がさほど多くなかったことに加え、距離の割りに高い(他路線に比べ)、近鉄沿線はもともと電車もバスも終発が他社よりも早い(朝の始発もまた遅い)ので、遅くまで飲んだりする人があまりいないということもあったのかもしれません。ただ、この路線エリアの需要が全くないとも考えられず、再開の余地はあります。
ただし、富田林の金剛東団地エリアについては、2003年11月17日から南海バスが、大阪駅前発河内長野行きの深夜急行を開始し、こちらでカバーできるようになりました(一般路線も金剛駅前から運賃倍額の深夜バスを設定、富田林発の近鉄バスよりも1時間以上遅くまで運行する)。運賃もかつての近鉄バスの路線よりも割安(2100円)となっており、このエリア向けの路線は近鉄バスでの復活はあまり期待できなくなったといえるでしょう。
近鉄バスは先述の通り、一般路線の深夜運行には消極的で(理由はわかりませんが、労使協定のようなもので深夜運行ができなかったのか)、規制緩和後も参入の姿勢は見せていません。近鉄電車の終電が早いことを考えると、電車路線に沿った東大阪や南大阪へのバスを運行するなど、多少の検討はしてもよいのではないでしょうか。
もっとも、タクシー業界も大阪では値引き合戦が続いており、各社とも身を削るような状態。バスが乗り込めばさらなる競争激化が避けられないのも事実です。
(最終更新:2003.11.29、資料:鉄道ジャーナル1991年5月、94年1月号など)
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